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名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)735号 判決

控訴人 服部孝一

右訴訟代理人弁護士 佐藤米一

同 鈴木匡

同 大場民男

同 清水幸雄

同 林光佑

同 山本一道

被控訴人 加藤進

右訴訟代理人弁護士 郷成文

同 石川康之

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、売買契約の対象及び換地処分

≪証拠省略≫を総合すれば被控訴人は別紙第一目録一記載の山林(似下a山林という)を所有していたところ名古屋市の土地区画整理事業により右山林に対し昭和二七年三月一二日仮使用地が指定され、その後昭和三〇年三月四日付で右仮使用地がそのまま仮換地(別紙第一目録二記載の土地―以下A宅地という)に指定された事実が認められる。

被控訴人は昭和三一年五月二五日訴外株式会社菊花堂本店(似下訴外会社という)に対しA宅地の権利を売渡し、控訴人が昭和四二年五月二六日訴外会社より右権利を買受けたものであると主張し、他方控訴人は右各売買の対象となったのは仮換地の権利ではなくa山林であると主張する。

よって案ずるに、土地区画整理事業施行中の土地について仮換地が指定されたときは従前地の所有者はその土地に対する使用収益権を失い、その代りに仮換地上に従前地に有したと同様の使用収益権を取得するものであるが、該整理事業が通常長期間を要するところからその間の土地の処分を全く禁ずるときは従前地の所有者に対し必要以上の不利、不便を強いることになるので、仮換地自体は所有権の対象とならないけれども、仮換地指定後も従前地の所有者は依然従前地の売却処分を禁じられない制度となっている。従って、従前地の所有者は仮換地指定後は従前地そのものを売買することについては法律上特に障害はないけれども、仮換地の権利を直接譲渡の対象としこれを譲渡するには仮換地上の権利の売買の意思表示をし、換地処分後該換地の所有権移転登記手続をするのが純粋な形式であるが、仮換地につき売買の意思表示をし、その履行を確実にするため従前地の所有権の移転登記手続をする方法もあるわけである。

ところで、本件についてこれをみるに、被控訴人から訴外会社に対する売買契約書である甲第一号証(成立に争いがない)によれば仮使用地の地積を基準とし、仮使用地の坪当単価に右地積を乗じて売買価格を定めていることが認められ、≪証拠省略≫によっても右価格決定の事情は揺がしえず、訴外会社の当時の代表者外松信雄も控訴人も従前地を見たこともなく、専ら右仮使用地(仮換地)自体の利用価値に着目しこれを入手すべく売買契約を締結しこれを使用収益してきたものであることがうかがわれ、換地処分の際通常必ず生起する清算交付金の帰属または清算徴収金の負担については全く孝慮を払っていないことが認められる。もっとも、右甲第一号証の被控訴人から訴外会社への売買の契約書及び成立に争いのない乙第一号証の訴外会社から控訴人への売買の契約書には仮使用地(仮換地)の表示のほか従前地の表示がなされており、かつ、右契約直後従前地につき所有権移転登記手続がなされ、また、成立に争いのない乙第四号証の被控訴人から訴外会社への右売買代金の領収証には従前地の表示である「但千種区鹿子殿土地代金として」なる記載があるけれども、前認定の事実にてらせば売買契約当事者の意思解釈としては売買の目的は仮換地自体の売買にあったものと解するのが相当である。≪証拠判断省略≫

おもうに、仮換地の指定は整理された区画の決定とこれを何人に与うべきかという二段階の手続よりなっており、区画整理の結果従来事業施行区域に土地を所有していた者が全て換地の交付を受けるわけではなく、また、換地の交付を受ける場合にも従前地の価値と等価の換地を取得するものとも限らず、その利害得失の調整は清算金の交付または徴収によってまかなわれるものであって、たとえ売買契約書に売買の目的として仮換地の表示とともに従前地の表示をし、かつ、その履行を確実にするため従前地の所有権移転登記手続をしたとしても、清算交付金の帰属または清算徴収金の負担につき何らふれるところがなく、仮換地自体の利用価値に着目し、しかも売価が仮換地の時価によって決定されている本件にあっては売買の目的は仮換地の有償譲渡にあり、清算金の点は当事者間では売主たる被控訴人において交付金を受預し、また徴収金を負担するものと解するのが当事者の意思に則し、かつ公平の要請にかなうものというべきである。

次に、請求原因四項の事実(昭和四四年二月二七日仮換地変更の処分があった事実、右仮換地を換地とする旨の換地処分が同年九月九日なされた事実及び右各換地に控訴人名義の所有権登記がなされた事実)は当事者間に争いがない。

なお、似下別紙第二目録一記載の土地をb山林、同二、三記載の仮換地及び換地をB宅地、別紙第三目録一記載の土地をa′山林、同二、三記載の仮換地及び換地をA′宅地とそれぞれ略称する。

二、清算交付金の帰属について

そうだとすると、前記a地に対する換地処分における清算金は被控訴人に帰属するものというべきところ、昭和四四年九月九日の換地処分によりa地の一部分であるb地に対する清算金として一〇万一五四六円、残りの部分であるa′地に対する清算金として四八万七八八五円合計五八万九四三一円を名古屋市より控訴人に交付する旨決定された事実は当事者間に争いがなく、昭和四六年三月二三日現在において右内金一五万〇〇三一円を控訴人が受領した事実はその自認するところであり、弁論の全趣旨によれば控訴人は残余の金額についてもこれを受領しているものと認められ右認定をくつがえすに足る証拠はない。

右は、法律上の原因なくして被控訴人の損失において控訴人が同額の利得をしたものであり、右損失と利得との間には相当の因果関係が認められる。

よって、控訴人は被控訴人に対し右金員を支払う義務がある。

三、B換地の帰属について

昭和三〇年三月四日a山林に対しA宅地が仮換地として指定されたことは前認定のとおりであるところ、昭和四四年二月二七日仮換地変更によりa山林がa′山林及びb山林に分筆され右a′山林に対しA′宅地が、b山林に対しB宅地がそれぞれ仮換地として指定され、昭和四四年九月九日右仮換地をそのまま換地とする換地処分がなされた事実は当事者間に争いがない。

ところで、前記のごとく換地と従前地との対価としての過不足の調整は清算金の交付または徴収によってまかなわれるものであるが、弁論の全趣旨によれば仮換地Aと同A′とは位置、形状、地積、地目等において同一性を有するものと認められる。(その同一性は従前地との関係において判断すべきではない。)そうすると、従前地bに対する仮換地Bの指定は、それが一個の仮換地指定処分であると同時に、実質的にはa山林に対する換地処分における清算金の交付に代わる現物の交付ともみうるものであって、右B宅地も前同様の理由により売主たる被控訴人に帰属せしめるべきものである。そして、B宅地が前記換地処分により控訴人の所有とされたことは当事者間に争いがない。

よって、前同様の法理により控訴人はその不当に利得したB宅地の所有権を被控訴人に移転せしむべき義務を有する。

四、控訴人のB宅地の明渡義務について

控訴人がB宅地を占有している事実は当事者間に争いがない。よって、前項記載の理由により控訴人は被控訴人に対し右土地を明渡すべき義務がある。

五、被控訴人は控訴人に対し右B宅地の占有に基づく損害賠償として一ヶ月金五万円の割合による金員の支払を求めているけれども、その損害額の立証がないので被控訴人の右請求はこれを認容でない。

六、控訴人の仮定抗弁について

控訴人はA宅地を一〇年間所有の意思をもって平穏公然に占有を継続しその占有のはじめにおいて善意無過失であったから従前地たるa山林を時効取得した旨主張するけれども、仮換地の占有による従前地の時効取得は観念的な概念であって、その取得すべき従前地とは換地処分との関係においてこれに対応する従前地を取得するに過ぎないものと解すべきところ、本件においては前記のとおり仮換地変更があり、かつ、当初の仮換地Aは変更後の仮換地A′と同一性を有するものと認められること前認定のとおりである以上、右A宅地の占有によって取得すべきであった従前地は結局A宅地と同一性を有するA′宅地の従前地たるa′山林に過ぎず、分筆後のb山林にまで時効取得の効果は及び得ないものと解すべきであるから右抗弁をもってはb山林の換地たるB宅地を控訴人が取得しうる事由とはなしえないものである。

よって、右抗弁はその余の点の判断に入るまでもなく理由がない。

七、結論

以上の理由により、控訴人は被控訴人に対しB宅地の所有権移転登記手続と明渡義務及び前記清算交付金五八万九四三一円並びにこれに対する本件訴状が控訴人に送還された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年三月一一日から完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人の本訴請求は右の限度でこれを正当として認容し、その余の請求を失当として棄却すべく、右と同旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 土井俊文 吉田宏)

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